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Kaien創業記 第6回(最終回)顧客は満足でなく感動させよ

2024年11月18日

NHK退職、長男の診断、MBA留学、Specialisterne(スペシャリスタナ)の発見、ビジネスプラン・コンペティションの優勝、帰国後の起業、当初計画の破棄、スタッフの離反、資金の枯渇など、書けるだけでも信じられないアップダウンを繰り返した創業前後の数年を前回までにお伝えしました。最終回はKaienが首の皮一枚つながった「最初の10人全員合格」を可能にした周囲からのアドバイスをお伝えします。

スタッフの離反や新しいスタッフの人選を進める中でも、お金はどんどんと減っていきます。職業訓練だけでは収入源とは言えなかったからです。一体どうすればよいのか?やはりその道を通ってきた先輩経営者に聞くしかありません。訓練所から閉めだされていた間、私はベンチャーの経営者を次々訪ねました。そして教えを乞いました。その時言われた数々の言葉は一生忘れません。

「顧客を満足させるのではなく、感動させることが重要なこと」

どんなことをしても売上を立てないといけない。経験豊富な先輩方の話を聞く中で、ナイーブ経営者の垢が徐々にとれていきました。カッコいいことを考えたり言ったりするよりも、売上を立てることが重要なんだ、特に新しいサービスの場合はお客様を感動させるレベルにしないとそもそも見向きもされない、という当たり前のことを学びました。

「取り組み始めた訓練を感動するレベルまで高めよう。」まずは訓練の質を高めることを決めました。それにはソフトウェアテストの技術一辺倒だった訓練内容にコミュニケーションを取り入れました。具体的には「報告・連絡・相談・質問」を定量的に分析できるプログラムです。

発達障害の人は職場の人間関係で失敗しているケースが大半ですが、それは挨拶ができないとか、配慮できないコメントを言ってしまうという、一般に思われる発達障害の弱みが原因であることは少なく、実際のところは業務で必要な情報の受信と、疑問・質問の上司や同僚への発信が弱いことが分かって来ました。そこでただ単に技能を教える訓練ではなく、コミュニケーションが学べる訓練にしたわけです。職場でのコミュニケーションは座学では学べません。そこで、訓練時間のほとんどを擬似職場・インターンシップの場に極力近くし、毎日違う部署をローテーションしているような内容にしました。

加えて会計・人事・生産管理・営業支援など事務補助の仕事は発達障害の人の特性を生かせることが多い事に気づきました。そこでERP※という業務システムを扱うプログラムを取り入れました。ERPを使うと人事や経理などの業務フローが学べ、場合によってはERPそのものが品質管理となり、ソフトウェアテストの実務も行えるようにしました。「発達障害」「仕事」「長所を活かす」、そして「弱みを理解する」プログラムを作り始めました。(※ERP (Enterprise Resource Planning) とは、経営の基本となる資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を適切に分配し、有効的に活用する計画や考え方です。)

技能ではなくコミュニケーションを学べる、座学ではなく擬似職場、講師は教える役ではなく上司役という設定はKaienの訓練の基礎になっています。福祉関係の人も企業の人もこの方法は大変参考になるといってくれるまでになりました。すべては「感動する職業訓練をつくろう」という気持ちから行ったものです。このこともあり、「発達障害者は一番難しい障害者」といっていた行政も秋以降は一気に4倍の受け入れ人数を委託してくれることになりました。

次に営業です。それまで営業は苦手でした。頭を下げて、無理にお願いする苦しいもの、という意識がありました。でも、営業と思わず、代弁をすることと思いました。せっかくこんなによい人なのに本人達は上手にアピールできない、その代弁を私がやっているのだと思うと気持ちがだいぶ楽になりました。営業先を説得する前に、自分が売り物であるKaienの修了生に感動し、その感動を伝えればよいのだと思いました。

たしかに発達障害の人は実際に働けば力を発揮する人が多くいます。しかし面接など自己アピールの場、臨機応変さが必要な場が苦手です。彼らよりは私のほうが弁が立つはず。新しい人たちに対しても臆することなく会えるはず。自分が売り込まないと誰が売り込むのかという気持ちだけでテレアポ、企業訪問を続けました。アンテナの高い人事の人でも発達障害者の雇用はしたことがないという場合がほとんどでした。そのため、発達障害者の強みを理解してもらうこと、実際にどういう職場で働けるかということ、どういう環境なら強みを発揮しやすいかということ、問題が発生した時の対処法、いろいろと疑問への回答を用意し、説明しまくりました。

言葉だけでは足りません。発達障害者がいくら身近にいるといっても、やはり会わないとイメージできない人が数多くいます。その人達のために、模擬面接をビデオで撮影して企業の担当者にお見せしたり、実際に訓練所に来てもらうことを約束したり、面接で十分なことが分からない場合は1週間程度「職場実習」をしてもらって働きを見てもらうなどをしました。

熱意が通じたのか、徐々にKaienの修了生・登録者を受け入れてもよいという企業が出てきました。2010年4月から訓練をした1期生の3人、2010年10月に新スタッフのもとで訓練した2期生の4人はいずれも就職しました。半分程度はソフトウェアの検証エンジニアとして、半分程度は事務職の補助やその他内勤のスタッフとしての採用でした。3期生も含めて「最初の10人全員合格」。就職率100%は意地の勝利でした。一人ひとりの修了生が面接で、職場実習で最大限のアピールをしてくれました。「発達障害」への偏見や無関心を徐々に仕事場でのパフォーマンスで変えていってくれました。

「最初の数例を感動のレベルまで持って行こう。」この思いはKaienを信じてついてきてくれた1期生、2期生、3期生によって現実のものとなりました。また人材紹介ができたことで会社としても売上が徐々にではありますが立ち始めていました。職業訓練⇒人材紹介という発達障害のある人たちへの就職支援の方法がようやく機能し始めました。

おかげさまで2024年現在、事業所は首都圏と関西に約40、社員も約400人となったKaien。放課後等デイサービス、自立訓練(生活訓練)、就労移行支援、就労定着支援、相談支援事業といった障害福祉に加え、様々な企業に発達障害やニューロダイバーシティに基づいたコンサル・人材紹介を行う会社となりました。Kaienを修了し企業社会で活躍する就職者は2000人を優に超えます。

起業から15年。振り返ると当たり前のことを当たり前にし続けることが重要だということを感じます。そして奇をてらわずKaienらしさは何なのかという軸を大切に、日々の行動に落とし込み続けてきたことが、いままで生き残ってこられた要因だと思います。

今も波風が常に立つ経営現場・支援現場。発達障害やニューロダイバーシティ、障害福祉や特別支援教育、障害者雇用などなど。当社を巡る状況・環境は常に変化しています。創業時代の学びを大事にKaienの事業を拡大・発展させるとともに、志や価値観を共にする人たちを増やしていきたいと思っています。

私のシリーズはこれで最終回です。最初にも書きましたがもし直接お会いする機会などありましたらぜひご感想をお教えください。6回にわたりお読みいただきありがとうございました。

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