発達障害のある子どもと(うっすらと発達障害のある)親
2012年1月12日
某勉強会に出席。親子で発達障害のある(あるいはあると推察される)場合についての話しが出た。
発達障害の一つであり、多くの場合に社会的に生きづらい要素となる自閉症スペクトラム(”古典的”な自閉症やアスペルガー症候群)は、すべてのケースとは言わないまでも遺伝的な要因が絡んでいることがほぼ確実である。日本では先天的と言われるが、遠まわしの言い方であり、やはり遺伝的といったほうが良いと思う。DNAのある部分まで特定されているほどだからである。
なので、発達障害の支援者の界隈では、やはり「ケースに対応していると、親御さんもそうではないかと思うことが多くて、そちらの方の対応の方に苦慮するケースがある」ということが実は頻繁に聞かれる。たしかに親御さんがうっすらと持っているときが多く、それがために親子関係が近すぎたり、遠すぎたりということはあると思う。
ただし、発達障害は非常に掴みどころの無い特性で、そうではないケースも発達障害に誤認してしまうケースが最近増えていると思う。すべてすべてを発達障害のせいにするのではなく、(つまり人物を発達障害の特性のみで語るのではなく)、一人の人間として、一組の親子として考えて、どうしても説明がつきにくい時に発達障害の特性をもちだして議論しないと、わかったようでわからなくなるおそれがあるなぁと思った。
(※とはいえ、今日は非常に理解のある専門家たちが集まる勉強会だったこともあり、こういった懸念はおこりませんでした)
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