シリーズ「10代の発達障害を考える」④ いじめ・からかい
今日は、大学生・大学院生向けのガクプロで、「過去のつらい経験と、それへの向き合い方」について”しゃべり場”を行った。ガクプロ”しゃべり場”史上、最も多い20名以上が参加して、時間を大幅にオーバーしたセッションとなった。関心の高いテーマだったからだと思う。自分自身の特性の受け入れとともに、「いじめ・からかい」についての話が多くの時間を占めた。
アンケートをとったことがないが、発達障害の人で「いじめ・からかい」にあったことがない人は、少数派であろう。言葉が出にくい、不器用でどんくさい、話が合わない、などなど、いろいろな理由で同世代とのコミュニケーションが難しい。このため、いじめっ子からすると格好の標的である。
おそらく小学時代も「いじめ・からかい」あるのだろう。だが、いじめられているという感覚になるのはやはりある程度大きくなって中高になってからなのかもしれない。そういえば、以前、当社に通う男子が「俺たち友達だよな、と言われて、お金を要求されたことがあったが、そういう人は友達ではないと思う」とかなりまじめに言っていて、胸が締め付けられる思いをしたのを覚えている。そのぐらい、相手の意図が取れないこともあるんだ、ということである。
実際、今日の”しゃべり場”での話は、中高生の頃のエピソードが圧倒的に多かった。(一方で大学生になるとそういった「いじめ・からかい」をされることはなく、むしろ他学生との関係がなくなる・薄くなるということで孤立感を感じている若者が多そうだった。)
ある当事者が話していたが、多くの発達障害の人は、心が(ほかの人がバケツだとしたら)コップぐらいにしかない。このため、ネガティブな気持ちになるとそれを引きずりやすい。加えて、記憶力が良すぎるためにフラッシュバック(※)がある。なので、いじめ・からかいが、とても尾を引きやすい。
※フラッシュバック ・・・ いじめられた当時の情景だけでなく、当時の気持ちがそのまま、意思とは無関係に再現されてしまう。この部分は僕の想像を超えており、本当の意味の共感がしにくい。よくカウンセリングでも「そういうことがあるらしいけれども、僕は本当にわからない。大変らしいね。論理的にしかわからないのだけれども・・・」という反応しかできない。
やっぱり、今日、話を聞きながらいじめ・からかいへの対応として、僕が感じたのは、相談できる・理解してくれる誰かがいること、そして、平和的に自尊心を高めることができる時間・場所を持つことである。自尊心はTEENSの開始当初からの3大テーマでもある。(他は、段取り力、質問・相談力、の2つ)
TEENS よくある質問
http://www.teensmoon.com/faq/
相談相手として、親はもちろん、学校の先生や、学校の相談室も挙げられていたが、今日の話で教師に裏切られた経験を持つ人が複数いた。信頼できるはずの大人が頼りにならないという事態は、その後の人生に大きく響くことは明らかである。学校教師も聖人君子ではない。発達障害の子を、一緒にからかってしまうのは、(許されないかもしれないが)無知から来るものもあると思う。
TEENSの役割は、発達に凸凹のある子たちの、よき理解者(それはただただ太陽のように温めるだけではなく、世間という風も「失敗できる環境だからこそ」適度に当てていかないといけないという意味での理解者)にならないといけないと思うし、学校の先生など、子どもたちが密度濃く触れ合う人に、発達障害の特性や可能性をフェアに伝えていくことだと思う。
一方で、自分の子に発達障害があると知った途端、社会にほとんど触れないで育てる(つまり、同世代の子どもとの接点を避けるようにして庇護の下で育てている)親御さんにも数多く会っている。いじめを避けるという意味では、子供時分は良いであろうが、大人になった時に、あらゆる面で耐性のない子になる。上にも書いたが、TEENSは、社会の楽しさ辛さを、良識をもって、上手に伝えられる場になっていきたいと思う。
次回5回目。よく発達障害児の教育で話題になる「ギフテッド」について、今の考えをまとめたい。