採用情報

日経BizGateに「SYNC25」のイベントに登壇した当社大野の記事が掲載されました

2024年12月3日の「国際障害者デー」に、企業のリーダーや障害者のコミュニティーが一堂に会する国際イベント「SYNC25」の一年前イベントが都内で開催されました。当イベントには世界最大規模の経営者ネットワーク「Valuable 500」(V500)から関係者が多数参加されております。

本イベントにて、当社大野が登壇し、その様子が日経BizGateに掲載されました。以下のURLをご参照ください。

https://bizgate.nikkei.com/article/DGXZQOLM14002014092024000000

日経BP Human Capital Online

2024年12月20日付の日経BP Human Capital Onlineに、弊社大野の記事が掲載されました。法定雇用率の引き上げに対応するため分散型雇用に取り組む企業の事例として、NTTデータ先端技術様をご紹介させて頂いております。

https://project.nikkeibp.co.jp/HumanCapital/atcl/column/00092/121100002/

 

『ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に体調管理するための本』(翔泳社)増版のお知らせ

高評価を頂戴しまして、2024年11月18日(月)に刊行された『ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に体調管理するための本』(著者:当社代表鈴木とKaien大阪福島(自立訓練(生活訓練))スタッフ川端)(翔泳社)の増版が決まりました。

 「発達障害の特性に寄り添ったうえで体調管理に関するあれこれを解決する!」をテーマに、体調管理で悩む当事者の方々に有用な情報をお届けする本となっております!どうぞ皆さまお買い求めいただき、感想などをお寄せください。

 目次は以下となっております。

第1章 「睡眠の悩み」を何とかしたい!

第2章 「体調が優れない」のを何とかしたい!

第3章 「気持ちが安定しない」のを何とかしたい!

第4章 「生活の乱れ」を何とかしたい!

第5章 「体がうまく使えない」のを何とかしたい!

第6章 「体調がコントロールできない」のを何とかしたい!

第7章 「ついついやってしまう」のを何とかしたい!

本書の紹介ページ(翔泳社ホームページ)

https://www.shoeisha.co.jp/book/detail/9784798176901

出版を記念して著者の川端の出版記念インタビューも配信しております。

https://www.youtube.com/watch?v=xP5kHQzBH7s

本書の魅力が伝わる内容となっております。あわせてご覧ください。

Kaienの支援の魅力をお伝えします!「ようこそ先輩」編 先輩からロールモデルを学ぶ!

Kaienの就労移行/自立訓練(生活訓練)では、「ようこそ先輩」というプログラムを月に2回実施しております。
 「ようこそ先輩」は、Kaienを利用し、就職された方々の訓練中の体験や現在の職場での働き方などを、修了者から直接お聞きするプログラムです。修了者である先輩が利用者の方々の前でスライドを駆使しながらロールモデルを示してくださいます。発表後の質疑応答の時間では、修了生から直接現役の利用者のお悩みや質問に答えていただけます。
 Kaienの修了生は多様な進路を歩まれています。そして、Kaienを利用した方のこれまでの就職者の数はなんと2,176人!(2023年度時点)。多くの修了生の経験値が、利用者の方の成長する力となっております。
 ようこそ先輩に参加した利用者の方からは、「参加したことで自分が考えたことのない進路の可能性に出会えた」「自分が就職したいと思っている業界に就職された先輩の話を聞けることで、今の自分の立ち位置がわかり、これからどう動いたらよいのかがわかって助かっています」などの声をいただいております。
 「ようこそ先輩」は、利用者の方々が先輩の軌跡を知ることで、ご自身の可能性を見出し前に進むことのできるKaienの人気プログラムの一つです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※実際の修了生のスライドを許可の上掲載させていただいております。

Kaien柏(就労移行支援)を開所しました

日頃よりKaienにご関心をお寄せいただき誠にありがとうございます。
2024年12月1日、千葉県の柏市に就労移行支援事業所を開所致しました。

千葉県では2か所目の事業所となり、東武野田線・JR線 柏駅から徒歩4分程の立地です。柏MODIのすぐ隣なので、休み時間や帰りにリフレッシュもしやすく通いやすい拠点になります。そして、日当たりもよく開放感のある過ごしやすい拠点です。

「開所直後の新しい事業所で、少人数の環境からスタートしたい」という方は、見学相談会へのご参加を是非ご検討ください。皆様のお越しを、スタッフ・講師一同お待ちしています!

Kaien柏の紹介ページ  https://www.kaien-lab.com/offices/mo/

Kaien柏の紹介動画  https://youtu.be/qXlN7Bu2_Hs?si=mrdSzeTfeMjUbqhv

Kaien創業記 第6回(最終回) 顧客は満足でなく感動させよ

NHK退職、長男の診断、MBA留学、Specialisterne(スペシャリスタナ)の発見、ビジネスプラン・コンペティションの優勝、帰国後の起業、当初計画の破棄、スタッフの離反、資金の枯渇など、書けるだけでも信じられないアップダウンを繰り返した創業前後の数年を前回までにお伝えしました。最終回はKaienが首の皮一枚つながった「最初の10人全員合格」を可能にした周囲からのアドバイスをお伝えします。

スタッフの離反や新しいスタッフの人選を進める中でも、お金はどんどんと減っていきます。職業訓練だけでは収入源とは言えなかったからです。一体どうすればよいのか?やはりその道を通ってきた先輩経営者に聞くしかありません。訓練所から閉めだされていた間、私はベンチャーの経営者を次々訪ねました。そして教えを乞いました。その時言われた数々の言葉は一生忘れません。

「顧客を満足させるのではなく、感動させることが重要なこと」

どんなことをしても売上を立てないといけない。経験豊富な先輩方の話を聞く中で、ナイーブ経営者の垢が徐々にとれていきました。カッコいいことを考えたり言ったりするよりも、売上を立てることが重要なんだ、特に新しいサービスの場合はお客様を感動させるレベルにしないとそもそも見向きもされない、という当たり前のことを学びました。

「取り組み始めた訓練を感動するレベルまで高めよう。」まずは訓練の質を高めることを決めました。それにはソフトウェアテストの技術一辺倒だった訓練内容にコミュニケーションを取り入れました。具体的には「報告・連絡・相談・質問」を定量的に分析できるプログラムです。

発達障害の人は職場の人間関係で失敗しているケースが大半ですが、それは挨拶ができないとか、配慮できないコメントを言ってしまうという、一般に思われる発達障害の弱みが原因であることは少なく、実際のところは業務で必要な情報の受信と、疑問・質問の上司や同僚への発信が弱いことが分かって来ました。そこでただ単に技能を教える訓練ではなく、コミュニケーションが学べる訓練にしたわけです。職場でのコミュニケーションは座学では学べません。そこで、訓練時間のほとんどを擬似職場・インターンシップの場に極力近くし、毎日違う部署をローテーションしているような内容にしました。

加えて会計・人事・生産管理・営業支援など事務補助の仕事は発達障害の人の特性を生かせることが多い事に気づきました。そこでERP※という業務システムを扱うプログラムを取り入れました。ERPを使うと人事や経理などの業務フローが学べ、場合によってはERPそのものが品質管理となり、ソフトウェアテストの実務も行えるようにしました。「発達障害」「仕事」「長所を活かす」、そして「弱みを理解する」プログラムを作り始めました。(※ERP (Enterprise Resource Planning) とは、経営の基本となる資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を適切に分配し、有効的に活用する計画や考え方です。)

技能ではなくコミュニケーションを学べる、座学ではなく擬似職場、講師は教える役ではなく上司役という設定はKaienの訓練の基礎になっています。福祉関係の人も企業の人もこの方法は大変参考になるといってくれるまでになりました。すべては「感動する職業訓練をつくろう」という気持ちから行ったものです。このこともあり、「発達障害者は一番難しい障害者」といっていた行政も秋以降は一気に4倍の受け入れ人数を委託してくれることになりました。

次に営業です。それまで営業は苦手でした。頭を下げて、無理にお願いする苦しいもの、という意識がありました。でも、営業と思わず、代弁をすることと思いました。せっかくこんなによい人なのに本人達は上手にアピールできない、その代弁を私がやっているのだと思うと気持ちがだいぶ楽になりました。営業先を説得する前に、自分が売り物であるKaienの修了生に感動し、その感動を伝えればよいのだと思いました。

たしかに発達障害の人は実際に働けば力を発揮する人が多くいます。しかし面接など自己アピールの場、臨機応変さが必要な場が苦手です。彼らよりは私のほうが弁が立つはず。新しい人たちに対しても臆することなく会えるはず。自分が売り込まないと誰が売り込むのかという気持ちだけでテレアポ、企業訪問を続けました。アンテナの高い人事の人でも発達障害者の雇用はしたことがないという場合がほとんどでした。そのため、発達障害者の強みを理解してもらうこと、実際にどういう職場で働けるかということ、どういう環境なら強みを発揮しやすいかということ、問題が発生した時の対処法、いろいろと疑問への回答を用意し、説明しまくりました。

言葉だけでは足りません。発達障害者がいくら身近にいるといっても、やはり会わないとイメージできない人が数多くいます。その人達のために、模擬面接をビデオで撮影して企業の担当者にお見せしたり、実際に訓練所に来てもらうことを約束したり、面接で十分なことが分からない場合は1週間程度「職場実習」をしてもらって働きを見てもらうなどをしました。

熱意が通じたのか、徐々にKaienの修了生・登録者を受け入れてもよいという企業が出てきました。2010年4月から訓練をした1期生の3人、2010年10月に新スタッフのもとで訓練した2期生の4人はいずれも就職しました。半分程度はソフトウェアの検証エンジニアとして、半分程度は事務職の補助やその他内勤のスタッフとしての採用でした。3期生も含めて「最初の10人全員合格」。就職率100%は意地の勝利でした。一人ひとりの修了生が面接で、職場実習で最大限のアピールをしてくれました。「発達障害」への偏見や無関心を徐々に仕事場でのパフォーマンスで変えていってくれました。

「最初の数例を感動のレベルまで持って行こう。」この思いはKaienを信じてついてきてくれた1期生、2期生、3期生によって現実のものとなりました。また人材紹介ができたことで会社としても売上が徐々にではありますが立ち始めていました。職業訓練⇒人材紹介という発達障害のある人たちへの就職支援の方法がようやく機能し始めました。

おかげさまで2024年現在、事業所は首都圏と関西に約40、社員も約400人となったKaien。放課後等デイサービス、自立訓練(生活訓練)、就労移行支援、就労定着支援、相談支援事業といった障害福祉に加え、様々な企業に発達障害やニューロダイバーシティに基づいたコンサル・人材紹介を行う会社となりました。Kaienを修了し企業社会で活躍する就職者は2000人を優に超えます。

起業から15年。振り返ると当たり前のことを当たり前にし続けることが重要だということを感じます。そして奇をてらわずKaienらしさは何なのかという軸を大切に、日々の行動に落とし込み続けてきたことが、いままで生き残ってこられた要因だと思います。

今も波風が常に立つ経営現場・支援現場。発達障害やニューロダイバーシティ、障害福祉や特別支援教育、障害者雇用などなど。当社を巡る状況・環境は常に変化しています。創業時代の学びを大事にKaienの事業を拡大・発展させるとともに、志や価値観を共にする人たちを増やしていきたいと思っています。

私のシリーズはこれで最終回です。最初にも書きましたがもし直接お会いする機会などありましたらぜひご感想をお教えください。6回にわたりお読みいただきありがとうございました。

関連ページ: 代表メッセージ

関連動画: インタビュー動画で紐解くKaien創業記(再生リスト)

第3話 拡大編

第4話 現代編

第5話 未来へのQ&A編

『ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に体調管理するための本』刊行のお知らせ 翔泳社 

2024年11月18日(月)に『ちょっとしたことでうまくいく 発達障害の人が上手に体調管理するための本』(翔泳社)が刊行されました。著者は、当社代表鈴木とKaien大阪福島(自立訓練(生活訓練))スタッフ川端です。

 「発達障害の特性に寄り添ったうえで体調管理に関するあれこれを解決する!」をテーマに、体調管理で悩む当事者の方々に有用な情報をお届けする本となっております!どうぞ皆さまお買い求めいただき、感想などをお寄せください。

 目次は以下のようになっております。

第1章 「睡眠の悩み」を何とかしたい!

第2章 「体調が優れない」のを何とかしたい!

第3章 「気持ちが安定しない」のを何とかしたい!

第4章 「生活の乱れ」を何とかしたい!

第5章 「体がうまく使えない」のを何とかしたい!

第6章 「体調がコントロールできない」のを何とかしたい!

第7章 「ついついやってしまう」のを何とかしたい!

本書の紹介ページ(翔泳社ホームページ)

https://www.shoeisha.co.jp/book/detail/9784798176901

また、このたび、出版を記念して著者の川端に出版記念インタビュー配信を実施しました。

https://www.youtube.com/watch?v=xP5kHQzBH7s

本書の魅力が伝わる内容となっております。あわせてご覧ください。

拠点別Kaienペアトレ 発達障害のお子様のいるご家族が知っておきたい内容とノウハウをお伝えします。

Kaienでは、発達障害・グレーゾーンの就活生や若者の「親として知っておきたい」にお答えする、ご家族向けの勉強会「Kaienペアトレ」を開催しています。当社代表の鈴木が自ら担当する社長ペアトレと、当社事業所で開催する拠点別ペアトレを実施しています。

社長ペアトレは第15期が2024年11月から開始。これまでに300人が受講した人気講座となっております。

拠点別ペアトレは、当社サービスのご利用者のご家族向けに無料もしくは福祉サービスの枠内で提供しており、Kaienの事業所において土曜日に開催しております。

11月9日に大阪の天六事業所で開催された拠点別ペアトレでは、約15名の親御様が参加。知識編はABA(スモールステップ・強化子)について学び、座談会やワークも実施。

参加者様から、「新しい知識を得られた」、「ちょっとした知識を得られることでお子様との関わり方がわかる」、「同じ発達障害のお子様を持つ親としての話ができることで、自分(我が家)だけじゃないという安心感が得られる」等、好評を得ております。

NPO法人いきいきムーン 「自助会フェスタ2024ー就労移行でオープンダイアローグ」にメインファシリテーターとして参加しました

2024年11月3日(日)に関西の自助会いきいきムーンにて、「自助会フェスタ2024ー就労移行でオープンダイアローグ」が開催されました。
本会においてKaien烏丸御池スタッフ小泉がメインファシリテーターを務めました。

自助会フェスタでは、当事者たちの「働く」ことへの悩みの相談や、「就労移行支援事業所ってどんなところ?」というような疑問が飛び交い、Kaienスタッフとして悩みや疑問にへお答えしました。
また、コメンテーターとして、Kaien阿倍野修了生のなかむらさんもお招きし、一人の当事者として、就労移行支援事業所がどのような場であるのかを、会場にお越しいただいた方たちに向けて語っていただきました。

閉会時には、スペシャルコメンテーターの大阪大学大学院連合小児発達学研究科教授・片山泰一先生より、就労を控えた当事者や就労している当事者たちにとっての本会の意義を語っていただいたとともに、「Kaienさんの素晴らしいシステムの一端を伺うことが出来て大変感激いたしました」とのお言葉もいただきました。

自助会フェスタ2024 集合写真
※左から、NPO法人いきいきムーン代表・志岐靖彦さん、大阪大学大学院教授・片山泰一さん、Kaien烏丸御池スタッフ小泉友則、Kaien阿倍野修了生なかむらさん

Kaien創業記 第5回 スタッフの離反

第4回では実際に事業を興したものの計画通りに行かず、すぐに作戦変更になった起業後数ヵ月を取り上げました。今回はさらにKaienの未来に悪運が漂う創業後の1年間を取り上げます。

2010年4月の訓練スタートまで3ヶ月。ゼロから訓練プログラムを作らないといけません。それを任せたのは、ミッションに共鳴してくれ、フルタイムで1月から働いてくれたソフトウェアエンジニアです。私はITの素人でしたので、彼にすべてをお願いしました。
私は営業の担当。これまではIT事業を引き受けてくれる顧客を探しましたが、今度は当社のプログラムを修了した人たちを雇用してくれる会社を探し始めました。もう一人のスタッフ、臨床心理士はパートタイムで訓練プログラムや営業の際に発達障害の知見が必要な際に助言を行なう担当をしてくれました。ようやく会社が事業を行なっているような気配になって来ました。

しかしすぐにほころびが出始めました。スタッフが私と険悪な関係になり始めたのです。私は発達障害の人をすべて受け入れることを会社の設立時に決めていました。この人達のために一生を捧げようと思っていたからです。実はIT担当のスタッフは発達障害の診断を受けている当事者でした。それをオープンにしてエンジニアをしている彼を知り、口説いて当社に入ってもらったのです。その彼が、Kaien、すなわち私には発達障害の理解や配慮が足りないと言い始めたのです。私は理解するために全力をつくすつもりでしたが、当事者から配慮が足りないと言われたら、それは受け入れないといけません。ちょっとした言葉遣いや態度、会社のルールなど、あらゆる所で言われるクレームにいちいち答え、謝罪し、変更を加えました。

そのうち彼は出社しなくなりました。週に1度会社に来ればよい方でした。自宅で訓練のプログラムを作ってもらっている筈でしたが、1ヶ月たっても、2ヶ月たっても、成果物が出て来ませんでした。

チュルさんも心配して週に一度どころではなくミーティングをするようになりました。臨床心理士のスタッフも交えて、一体どうすればきちんと働いてくれるのか、試行錯誤が続きました。掛ける言葉を変えてみる、伝える内容によって直接、電話、メールなど方法を変えてみる、勤務の形態を変えてみる、ゴールまでのステップを幾つか提示してみる、インセンティブを変えてみる、いろいろなことを試しましたが、事態は悪化するだけでした。

「発達障害の人のために作った会社で、講師だけはということで発達障害の診断を受けているエンジニアを雇えた。ただその人を上手に働かせることができなかった。そんな段階で職業訓練をして他の会社に送り込むことができるのだろうか?Kaienは発達障害の人を活かす場所で、苦しめる場所ではないのではないか?」

目標と矛盾した現実に日々胸が苦しくなりました。一方でやはり発達障害の人だと、教えることや管理することなど自ら目標を立てて周囲のバランスを見ながら、成果物を試行錯誤の中で創り上げていくのは難しかったのかと感じ始めていました。発達障害の多くの人は、ルールがありマニュアルが整っている所では圧倒的な力を発揮します。管理職が良ければ指示されたことはしっかり動きます。しかし前例のない、状況変化を感じ空気を読みながら働くのは苦手な人なのです。しかも上司は元アナウンサーで管理職の経験すら無い私。悪条件の中で先の見えないトンネルに入れてしまったようなものです。自分の管理能力と、発達障害の特性を信じすぎたことが失敗だったかも知れません。

彼には3ヶ月でKaienを去ってもらいました。この時の決断もチュルさんとじっくり相談しました。「確かに発達障害の人を雇うのが目的だけれども、もっと大きな目的もある。一人を雇用することで失敗しても次があるし、ここでこだわって会社ごとケイタさんも倒れたら元も子もない。去っていただくことは残念だが、しっかりと学んでいこう。」そういったことをチュルさんに言ってもらってようやく踏ん切りがつきました。

自宅作業で概ねできていると彼が言っていた訓練資料や中身は、蓋を開けてみるとほとんどなにもできていませんでした。お願いしていた5%もできていない状態でした。しかし4月12日には訓練の第1期生3人が入ってきます。あれほど行政の人に頼み込み、いじめられてもつかんだ3つの枠です。どのように訓練を行なっていけばよいのであろうか?まずは知り合いに電話をし、メールをしました。

幸運なことに、その時は数日で候補が見つかりました。20年ほどソフトウェアのテストエンジニアとして活躍した女性が4~6月の訓練の期間中手伝ってくれると快諾してくれました。前回の失敗もあり、発達障害とはまったく関係のない人、つまり当事者ではない人にしました。講師料は1日あたり1万円。彼女の経験を考えると低すぎるオファーですが、1ヶ月に10万円ほどしか稼ぎのない会社の窮状を理解し受け入れてくれました。

4月12日、発達障害の特性のために就職できないことで困っていた3人の訓練生がKaienにやって来ました。いずれも30歳代の男性です。私の目標は決まっていました。どんなことが起きてもこの3人を就職させよう、とみんなに伝えました

初めの2週間は無事に過ぎ去りました。しかし、ゴールデンウィーク直前の4月末。講師をお願いしたばかりの人からメールがありました。「講師を辞めさせてくれ」という内容です。順調に行っていると思っていただけにショックは1回目の時よりも大きいものでした。なんとか時間をもらい、麻布十番の事務所で話をする機会を持ちました。連休後も続けてもらえるように訴えるために、また、そのために必要なことは全てすると伝えるためにでした。でも、彼女の憤りは想像を遥かに超えていました。訓練の資料が揃っていると思って受けたがまったく揃っていないこと、管理職として私の力が足りず、なにを指示されているか分からないので働けないこと、あとは個人攻撃のように私の資質についての不満を爆発させました。

「これまでいろいろな所で働いたがあなたほどの無能はない」
「年齢は関係ない。25才ぐらいで数百人を回せる人はいる。あなたは違う」
「MBAでなにを学んできたのか?」
「発達障害についても理解が薄いのでは?だから一人目の講師は呆れたのではないか?」
「あなた自身が発達障害ではないか、それほど私の心も周りの人の心もわかっていない」
「臨床心理士のスタッフも、あなたがおかしい、発達障害だと思って心配している」
「状態は深刻。病院で療養すべきではないか?あなたの発達障害を緩和させるべきでは」
「会社を経営している場合ではない、私たちは心配している。はやく病院に行きなさい」

こういうことを言われて、他の人はどういう対応をするのかよくわかりません。ただその時私には選択肢はひとつしかないように思えました。言われていることを受け止め、ひたすら講師をお願いすることです。他に講師が見つかる可能性はありませんし、今訓練を辞めることはすべてを否定することにつながると思いました。とにかく訓練生3人が信じて来てくれている。訓練は続けないといけない。1期生が終わるまではなんでもするのでお願いしますと伝え、なんとかOKをもらいました。

そのあと、私は会社にほとんどよりつけませんでした。社長が出入り禁止になるというお恥ずかしい状態です。自分の会社なのに行くと、講師の人から追い立てられます。アスペルガーのお前がなにをしにきたのかという感じでした。会社設立の時に入ってくれていた臨床心理士でさえも、いつの間に彼女の味方になっていました。会うと私のことを「発達障害」として鼻で笑っているように感じました。

1期の訓練が終わるまでの残りの2ヶ月は地獄でした。たしかに、講師の彼女からすると、訓練資料はほとんど用意されていないですし、使用予定の教科書だけが一冊あって、ソフトウェアテストを教えてください、というむちゃくちゃなオーダー。怒るのはわかりますが、それにしても社長を閉めだしての訓練になるのは本当に悔しかったですし、情けなかったです。ただ、私が訓練所によりつかなかったことでそれ以上の事態の悪化は防ぐことができました。
無事3ヶ月間、彼女は講師を務め上げてくれたのです。日々のメールでの日報で、私も訓練生の状況がある程度把握できました。講師の彼女からもメールでの連絡は来ていました。それだけでなく資料を整え、次の訓練に向けた助言もまとめておいてくれました。2期以降の訓練プログラムを作成するうえで、この資料は大変役立ちました。

7月初旬。なんとか1期の訓練が終了しました。チュルさんとも話し合い、手は決めていました。臨床心理士の人にも会社を去ってもらい、今回トラブルの元凶になった講師の女性にも会社を去ってもらいました。なんだかすっとしました。会社をたたむことまで考えましたが、なんとか2ヶ月我慢してよかったと思いました。2ヶ月間続いていた頭痛や不眠も解消しました。私自身メンタルは強いと自負していましたが、罵られること、いじめられることの怖さを感じました。よい経験だったと前向きに考えました。

次回は最終回。現在のKaienの原型ができた草創期のまとめです。

Kaien京都烏丸御池(就労移行支援)を開所しました

日頃よりKaienにご関心をお寄せいただき誠にありがとうございます。
2024年11月1日、京都の烏丸御池に就労移行支援事業所を開所いたしました。
京都府では初の事業所となります。京都市営地下鉄 烏丸御池駅から徒歩4分の好アクセスな立地にあり、建物周辺も静かで落ち着いた環境です。

「開所直後の新しい事業所で、少人数の環境からスタートしたい」という方は、体験会へのご参加を是非ご検討ください。

皆様のお越しを、スタッフ・講師一同お待ちしています!

Kaien烏丸御池の紹介ページ  https://www.kaien-lab.com/offices/kk/
Kaien烏丸御池の紹介動画   https://www.youtube.com/watch?v=tplr9Bh9gQY

Kaien烏丸御池の外観画像

Kaien創業記 第4回 飛ばないビジネス

第3回ではMBAの授業やビジネスプラン・コンペティションの参加を通じて感じた米国の起業文化について触れました。シリーズ第4回は起業直後のドタバタを取り上げます。

留学先のビジネススクールで発達障害の力を活かしたビジネスモデルを研究。なんと米国有数のビジネスプラン・コンペティションでも優勝しました。留学先のビジネススクール総長の後押しもあり、日本帰国直後に発達障害の人の強みを活かす企業Kaienを起業したところまでは良かったのですが、IT経験もビジネス経験も経営経験もゼロの私は早速壁にぶつかってしまいます。

会社を起こしてからの数ヶ月。実はやるべきことがわかりませんでした。ワクワクして始めた会社ですが、10月にはひとりオフィスで途方にくれていました。

ソフトウェアテストを行う会社を立てるという目標はある。従業員は発達障害者を予定。米国のビジネスプラン・コンペティションで勝った、耳目を集めるプランではありました。

実際に当社のウェブサイトを見て連絡をしてくれる人もかなりいました。ソフトウェア関係者、大学教授、心理士、発達障害の成人当事者、発達障害の子どものいる親御さんたち、ベンチャーキャピタリストまで数社訪れました。しかし、「本当に稼げるの?」、「本当に仕事を任せられるの?」と思われていました。また、目標に向けてどんな行動をとればよいのか、恥ずかしながらわかりませんでした。営業はどうすればよいのか?人はどう集めればよいのか?ビジネスプランを書いていたはずですが、やはり紙切れです。実際に動くための鳥瞰図にはなりましたが、実際に今日明日、なにをするかを考えるには抽象的すぎました。

運のよいことに初めの顧客は取れてしまいました。ただし、ソフトウェアテストの仕事を受託したのではありません。障害者枠で発達障害の人を雇用したいというIT会社があり、助成金を申請してそれが受託できたらコンサルティングをして欲しいというものでした。実はケロッグ卒業生の先輩から教えてもらった企業でした。障害者枠でソフトウェアの仕事をさせるという新しい試みを考えているから一緒にできるかも知れないという情報でした。無事に助成金が取れ、10月から発達障害者を雇う職種や環境配慮を考える仕事を与えられました。6ヶ月の契約でした。

私には、いくらでもそのプロジェクトに費やす時間もありましたし、できるだけの結果を残そうとしましたが、その仕事自体はなかなか上手く実績が残せませんでした。なによりも顧客企業が求めるITレベルに達する発達障害の人が探せませんでした。加えて探せたとしてもその人にどういう仕事を任せるべきか、顧客企業の業務からなにを切り出せるのかを考えるのが難しいのです。よい人が見つかっても上手に業務を割り当てられない。業務を見つけても人が見つからない、その連続でした。

6ヶ月でケロッグからの生活費のサポートも枯渇しますし、初顧客からも6ヶ月限定のプロジェクトです。半年後、2010年4月にはまったく収入のあてがなくなります。なにかビジネスをしないといけません。スタッフも集めないといけない。営業もしないといけない。資本金もはじめは10万円です。唯一の顧客から若干の売上が上がりましたが、毎月賃料を払って自分が朝昼晩食べるだけでほとんどなくなります。資本金も分厚くしないといけないし、借入金もしないと、とてもビジネスとして始められません。手探りの状態で秋から冬へと時間ばかりがたっていきました。

当然まず頼ったのはチュルさんほか創業メンバーです。週に1回はミーティングを開きました。他のメンバーのほとんどは海外にいます。例えばチュルさんはなんとアフリカのケニアやコンゴにいました。スカイプでの会話でしたが、回線が悪く途切れ途切れ。Kaienの現状を象徴しているかのようでした。妙案はなかなか出ませんでした。

営業は今も苦手ですが、当時は最悪でした。電話もしましたし、専門家にアドバイスも受けましたし、自分の知り合いをつかって話をつないでもらおうと頑張りました。しかし素人が考えている絵空事と思われ、いっさいアポイントメントが取れませんでした。ソフトウェアテストの業務を元アナウンサーが受注できるわけはない。営業しようにもしっかりとした実績・技術がなかったので当然です。発達障害の人を雇ってソフトウェアテストをするというKaienのプランががたがたと崩れていく気がしました。

数ヶ月まったくお客が取れないのはやはりビジネス自体が間違っていたのだ。そう思わざるを得ません。そこで米国で書いてきたプランのほとんどを捨て去り、大きくビジネスの舵を切りました。ソフトウェアテストの受託業者になることを諦めて、発達障害者向けに職業訓練を行う業者になろうと決めました。障害者向けの職業訓練は都道府県などがNPOなどに委託して助成金を出していたのです。まずは訓練をして、その中でITやソフトウェアテストのプログラムを入れていこうと思いました。

加えて、職業訓練の修了生たちを障害者枠で企業に紹介する人材紹介を行おうと思いました。というのも、日本には障害者雇用促進法があり、企業は障害者手帳を持つ人を全従業員の1.8%以上(2012年当時、2024年の現在は2.5%)雇わないといけないというルールがあるのです。未達成企業には雇用調整納付金と言う罰金のような制度もあります。

働ける障害者を探すのは企業人事にとってはなかなか骨の折れる作業のようです。コンプライアンスを達成するために企業人事は、無料で求人できるハローワークだけでなく、有料の民間人材紹介会社を頼っているということを、この頃までに私も理解し始めていました。発達障害の人材紹介業者はないものの、障害者枠一般で見ると身体障害者を紹介して、数億円の売上を上げている業者はいくつかあったのです。発達障害専門がどの程度企業にアピールできるか全くわかりませんでしたが、ソフトウェアテストの受託業者よりも可能性がありそうでした。

ただし、当初、私の中では、障害者枠での職業訓練や人材紹介には抵抗が非常にありました。「発達障害は障害ではない。特性だ。だから一般枠で働けるんだ」というこだわりです。ただ当事者に聞いていくと、働ければ別に障害者枠でもよいという人が案外多いことがわかりました。また先輩経営者からは「会社を立ち上げた以上スリッパを売っても潰しちゃいけない」と目の覚めるようなアドバイスも貰いました。自分がカッコつけて発達障害の定義を決めて会社も潰し、就職したい人の支援もできないのでは、会社を起こした意味がまったくないのではないか。自分自身を説得して、KaienをIT企業から人材サービス企業へ転換させました。

そしてこの頃、創業メンバーの他に実務を担当するスタッフが2人加わりました。Kaienに興味を持ってくれた臨床心理士と、ソフトウェアの開発経験のあるエンジニアです。この二人に人材紹介と職業訓練を手伝って貰う形にしました。臨床心理士はパートタイムで、エンジニアも初めはパートタイムで1月からはフルタイムです。すでにお話ししたとおり、Kaienは世間的にはまったく知られていませんでしたが、ウェブサイトを見るなどして、発達障害に詳しい人の中では知っている人がポツポツ出てきていました。そういった人たちのお陰でなんとか2人と巡り会うことができたのです。秋が深まる頃、私を含め3人の実働部隊が整いました。

いわゆるピボット(ベンチャー企業が事業内容を変更する)をしたKaien…。荒波は更にいくつも押し寄せます。次回は入社するスタッフが離反を繰り返す地獄のような想い出についてです。

関連動画: インタビュー動画で紐解くKaien創業記(再生リスト)

  • 第2話 創業編

ティーンズ川越(放課後等デイサービス)を開所しました

日頃よりKaienにご関心をお寄せいただき誠にありがとうございます。
2024年10月1日、埼玉の川越に放課後等デイサービス事業所を開所いたしました。ティーンズ11か所目の事業所、埼玉県内には北浦和に続き2か所目の事業所となります。川越駅徒歩4分の好立地、「利用者のみなさまが心地よく過ごせるように」とスタッフも準備しております。

現地での個別利用説明会、体験セッションも受け付けておりますのでご利用を検討中の方はぜひご参加ください。

ティーンズ川越の紹介ページ  https://www.teensmoon.com/accessmap/sp/
ティーンズ川越の紹介動画   https://youtu.be/iKAwUPXJ4Fk?si=7hn9vQf5zhSbTT29

ティーンズ川越の外観

Kaien創業記 番外編 創業15周年に寄せて 創業準備メンバー(Marc, Thienからのメッセージ 共同創業者Chulさんとの会話)

Marc

こんにちは。私はMarc Norlandです。私はアメリカのKelloggビジネススクールで慶太さんと Thien、Chulさんの同級生でした。卒業後も、Kelloggスクールで生まれたKaienのビジネスアイデアを皆さんが追い続け、実際の企業として形にし、15周年を迎えたことを帽子を取ってお祝いしたいと思います。多くの小さな企業は15年間生き延びることができない中、大変な偉業だと思っています。これからの15年にも期待を寄せています。

少し過去を振り返らせていただくと、2009年に私は慶太とThienとChulさんと出会い、この3人のビジネスモデルチームに入りました。私の主な役割は人前でプレゼンテーションをすることで、恐らくそれは私が3人の中で最も英語が上手だったからです。

私たちはKellogg Schoolのあるイリノイ州のEvanstonから、南のルイジアナ州ニューオーリンズにあるTulane大学まで行き、そこで年1回行われるビジネスケースコンペ(全米のビジネススクールから各学校の代表者が集まり、ビジネスアイデアを競う大会)に参加し、Kaienのビジネスモデルを発表しました。

決して忘れられないのは、我々はそこで優勝し、表彰台に上り、普段着ないタキシードやネクタイで着飾り、何百人もの人が祝ってくれ、こんな大きな小切手を受け取ったことです。
私のビジネススクールにおける最高の思い出の一つは、ニューオーリンズにある非常に有名なバーボンストリートという通りを、この2万ドルの巨大な小切手をもって、皆で歩いたことです。そしてこの優勝賞金はKaien創業のためのシードマネーとして使われ、今、Kaienは大きな木に成長したわけです。それを実現したKeitaのことを最高に誇りに思っています。

簡単に私のことも自己紹介しますと、2009年にKellogg Schoolを卒業し、私は現在ジョージア州のアトランタにおり、後ろに見えるLEDライトなどの照明器具を作る小さな製造工場を経営しています。Kelloggで皆さんと学んだことが小さな企業を経営していく面白味を教えてくれ、今もこの照明器具を製造する企業を経営しており、同時にKaienの1メンバーであることにも大きな誇りを持っております。

本来はこの素晴らしい創業15周年を東京に行って一緒にお祝いしたいところです。是非、次の15年も同じ成功の軌跡をたどってください。そして、Kaienに新しく加わった二人のKelloggの卒業生もいますし、日本に行って直接皆さんとお会いして、Kaienを自分の目で見れる日が待ち遠しくてなりません。

私がKellogg Schoolにおいて最も誇りに思っていることは、Kaienの創業に関われたことです。
慶太さんをサポートしてくれる人が世界中に沢山います。この15年という素晴らしいマイルストーンを改めてお祝いしたいと思います。
本日これを聞いている参加者の皆さんも、色々工夫されて開催されているこのイベントを是非楽しんでください。

最後にこのお祝いの言葉を伝える機会をありがとうございました。本日は素敵な時間を過ごしてください。本当におめでとうございます。アトランタジョージアからMarc Nolandでした。

Thien

慶太さん、Kaien、創業15周年おめでとうございます。大変な偉業だと思います。今日は私にお話しする機会を下さって、ありがとうございます。

振り返ってみると、15年前のKellogg MBAのアントレプレニュアーシップクラスで、生徒がみなビジネスプランを作らないといけない起業に関する授業で一緒でしたが、その前から個人的には知り合いでしたね。何回か会う中で、お互いのバックグラウンドや家族のことをはなし、そこで慶太がビジネススクールに来る直前に息子さんが自閉症と診断されたことを知りました。そのような家族の事情を抱え、もともとMBA後に考えていた人生計画にも大きな影響を与えたんだろうと当時思いました。

当時慶太が持っていた疑問で私が忘れられないのは、「自閉症を持った子供が大人になった時に、自分自身でどうやって自立して、生計を立てていくのか」ということでした。
当時のメディアは子供と慈善事業に関するものばかりで、障害を抱える子供もいつか必ず大人になり、永遠に親の助けなしに生きていけない人がいるということを、当時のメディアは忘れていました。その問題を自分の子供の未来の点から真剣に考えていることに心を動かされました。ですので、授業でビジネスケースを作るプロジェクトが始まった際に、慶太以外の人とチームを組むつもりはありませんでした。

Kaienのビジネスアイデアを実現できるか、何日もかけて計画を練り直しました。当初は、自閉症を持つ方々の特別な能力をソフトウェアのテストに生かすビジネスモデルでしたが、慈善事業ではなく、企業として一定の収益が計上できるビジネスモデルに仕立て上げました。私のチームでの役割は、人々の心に響き、同時にビジネスモデルとして明確にすることでした。

始めはクラスで1位となり、次に学校のケース大会で優勝し、更には他の学校も参加するケース大会にも出場して優勝し、優勝賞金まで受け取りました。同時に、慶太は実際に創業への準備を着実に進め、2009年の卒業後に起業し、あっという間に15年が経過しました。

先日東京に訪問した際、Kaienの事業所の一つ案内してもらい、訓練の様子を見させていただきましたが、実際に自分の目の前にあるのは沢山あるKaienの事業所の一つで、スタッフの方々にも会えて、興奮を抑えることができませんでした。遠くから何年もKaienの成長を見守ってきましたが、慶太の夢の一部とKaienの1株主であることは、私の職業人生における最高の誇りです。

最後にこの機会を設けてくれてありがとう、そして「おめでとう」。Kaienと慶太、慶太の家族の次の15年の成功を祈っています。そして、本日これを聞いている皆様も、Kaienの1メンバーであることを誇りに思っていただければと思います。本日はありがとうございました。

Chul

2024年9月15日に開催された「ニューロダイバーシティサミットJAPAN 2024」のランチブレークの間に流れた動画です。Kaien創業15周年に寄せて、創業準備メンバーの3人と動画を撮影しました。

Kaien創業記 第3回 米国の起業文化

第2回ではKaien起業のきっかけとなったデンマークのIT企業「Specialisterne(スペシャリスタナ)」について取り上げました。今回はMBAの授業やビジネスプラン・コンペティションの参加を通じて感じた米国の起業文化について触れます。米国に行かなければ起業など全く考えなかったでしょう。

米国はいろいろと問題がある国なのは確かです。しかし、こと起業に関しては優れた価値観を持っています。米国は起業家に特別な地位、敬意を払ってくれます。新しいことをすることの社会への価値を理解し、本気で応援してくれます。多くの新しい企業が米国から誕生し、育っていくのはやはり理由があるのです。

Kaienも日本でビジネスプランを書いたならば、今の状態になっていなかったかも知れません。なにしろ日本で同じ発表をしたら、私が元NHKアナウンサーで、ビジネス経験もなく、ソフトウェアに関する素養もなく、ましてやソフトウェアの検証業務はまったく知らない、ということを徹底的に疑問に思われるでしょう。
また発達障害についても障害者がそんなことをできるわけがない、あなたは福祉の資格も一つも持っていないのに、なんでそんなことをするの?などと、針のむしろの状態だったと思います。事実日本に帰ってから、ビジネスプランを説明すると毎回のように「いじめ」にあっていました。そういったいじめの後、ダメージを受けずに会社を前進させないといけなかったのが精神的に辛かったことを思い出します。

米国の起業精神をそこかしこに感じるMBAの授業の中で、私の起業についての心配は徐々に溶けていきました。特に心配していたのが次のような不安です。

●既にあるモデルを日本に移管することが起業という範疇に入るのか?

●自分自身がITについて知らない。ソフトウェア検証についてはもっと知らない。これで起業ができるのか?

まず一つ目からですが、模倣は最も成功率の高い起業方法としてむしろ歓迎されているのがわかりました。私たちもビジネスプランの中でこのあと何度、Proven Model(証明されたモデル)、Replicable(移管可能)という言葉を使ったかわかりません。起業は、ゼロからすべてを自分で行うことではなく、頼っていいところはすべて他人に頼ってコストを下げたり成功率を上げたりすればいいんだ、と認識してからは起業という言葉にあまり恐れを抱かなくなりました。
確かに世の中を見回すと本当にゼロから立ち上げたビジネスモデルはほとんどなく、多かれ少なかれお手本があるものです。ケロッグの授業ではコンビニやディーラー、マクドナルドのファストフードチェーンといったフランチャイズモデルを経営することも起業家として平等に扱われます。むしろそういった証明された型が既にあるほうが成功確率は上がるため、起業家としての道を選ぶならばそうした道をまず取るということが好まれているような気さえします。

ただ、水曜は午後4時に全員の退社が義務づけられているというデンマークの労働モデルを日本にそのまま移管できるはずはありません。またデンマークと日本とはビジネス慣習も違います。つまり幾ら真似をしようとしても、最終的には啓示を受けたというべきレベルで終わり、結局のところは自分たちで多くの部分を作り上げていく必要があることに徐々に気づかされました。
「当初の青写真とまったく変わらないプランだったらそれはおそらく失敗するビジネスプラン」とマーキン教授の授業でも教わりましたし、その通りではないかと今感じています。
また事業の専門性を起業家が持っているかについてですが、もちろん業界の経験は非常に大きな力になります。ビジネスプランの優劣を競う大会であるビジネスプラン・コンペティションでも、経営層の業界経験、また起業経験は最も重視される項目です。

スペシャリスタナが成功できたのも、創業者のトーキルがソフトウェア業界でマネージャーの経験があり顧客を知っていたうえに、息子が発達障害で、発達障害の特徴について理解が深かったからだと思います。ただマーキン教授からは「そもそもKaienのモデルは『証明されたビジネスモデル』だから経営者は必ずしも業界出身者ではなくてもよい」とアドバイスを受けましたし、他のIT企業のマネージャーからも「業界のことは勉強すればよいし、そもそもトップは経営上正しい意思決定ができればよい」というものでした。

私なりに理解すると、結局は一人でできることは限られていて、起業家の仕事の大部分は、プランに必要なものの自分には足りないスキルを補える人間を見つけ口説くことにあるというものです。実際、ケロッグでも「ケロッグを卒業後、起業家としてもっとも役に立つのは人事の授業だろう」と教わったように、人を見極める力、鼓舞する力、そして場合によっては関係を絶つ勇気があるかどうかが成功の鍵を握るのではないかと感じるようになりました。

そして私がなによりも嬉しかったのは、なにか不安や課題を私が口にした時、マーキン教授から「それは問題なのはわかっている。だがもし解決できたらどういう世界が待っているのか?それを語れないといけない」と言われたことです。課題は課題と認識して解決するために取り組む。だけれどもその壁を乗り越えるだけでは会社の目的は達成できません。会社の目的をしっかりと設定するためにも一つひとつの課題をクリアした先になにがみえるのかしっかりと見ておけと言われました。

当初のビジネスプランは、矛盾や課題が多いものです。それの一つひとつを叩くのではなく、「もしそれらが解決したときに、今のビジネスプランは本当に最大の売上、利益、インパクトを与える姿になるのか?」という理想像を常に考えるように教わりました。当然その理想も絵空事なのですが、そのイメージをいかにしっかりとメンバー間で実現可能なものとして具体的に共有しているかが必要なのだと思います。短く言うと起業家はビジョンを持つのが大事だということだと思います。

いかに美しいプランを書いてもリスクは常にあります。起業が成功する確率は10%ほど。「野球と一緒で3回に1回当たれば凄いほうだ」といわれます。最終的には起業家自身がその不安定な状況を快適に、楽しく感じられるかどうかにかかっている気がしています。米国でこれまで何人もの起業家と会いましたが、このスリリングな状況を楽しんでいるのを強く感じました。こういう人たちが沢山いるから米国はいろいろな問題を抱えつつもイノベーションを次々に生み出せているような気がします。

いかがだったでしょうか?第4回は日本に帰国し株式会社Kaienを登記・創業したものの早速壁にぶつかって試行錯誤し始める起業直後のストーリーです。

Kaienペアトレ <ご家族向け>10代以降の発達障害を考える『就職準備勉強会』

発達障害の方の就職状況が激変する中、保護者として何ができるのかを学べるセミナーです。将来を見据えた進学・進路の決定方法、就職活動の支援の仕方、良質な支援先の探し方、親として考えておく経済面など、皆様の疑問・不安におこたえします。この「社長ペアトレ」はすべての回を当社代表の鈴木慶太が担当しています。

動画ダイジェスト(過去開催分から)

プレイリストはこちら

社長ペアトレ 第15期(開催決定 2024年11月~2025年2月)

  • 対象 発達障害のお子様(概ね10代以降)のいるご家族
  • 日時 第2土曜 9:30~12:00
  • 場所 Kaien秋葉原サテライト(無料アプリのZoomでのオンライン受講も可能)
  • 期間 4ヶ月(第15期:2024年11月~2025年2月)
  • 講師 当社代表 鈴木慶太(すべての回を担当します)
  • 内容
    • 第1回 オリエンテーション・最新の発達障害を知ろう
    • 第2回 障害者雇用を知ろう
    • 第3回 一般雇用を知ろう
    • 第4回 進学・進路による就職への影響を知ろう
    • 第5回 就職後の最新情報を知ろう
    • 第6回 困った時のつながり先を知ろう
    • 第7回 当事者の声を聴こう・まとめ
  • その他 内容
    • ご家族カウンセリングが有ります(別料金)
    • オンライン動画が観られます(参加できない場合に動画で視聴可能 期限なし)
    • 参加者限定のオンラインコミュニティが有ります(無期限・無料)
  • ご注意点
    • 7回講座(全4日間)のシリーズです。
    • やむを得ない事情で開催場所、日時、内容などが変更になる可能性があります。
    • リモート参加の場合は出席者確認のためカメラONをお願いしています。
  •  詳細・お申込みフォーム

拠点別ペアトレ

上記の「社長ペアトレ」は有料講座ですが、当社の次のサービスのご利用者のご家族の場合、無料もしくは福祉サービスの枠内で【拠点別ペアトレ(月1開催)】を受けられます。詳しくは各サービスのご見学やご相談の際に拠点スタッフにお尋ねください。

Kaien創業記 第2回 Specialisterne(スペシャリスタナ)の発見

前回(第1回)はNHKアナウンサーだった私が、MBA留学の直前に発覚した長男の診断をどう受け止めたかについてお伝えしました。今回はノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院の留学から1年。Kaienの起業に最大の影響を与えたデンマークのIT企業「Specialisterne(スペシャリスタナ)」の【発見】についてお伝えします。

2008年5月。シカゴの長い長い冬も終わり、ようやく木々が青々としてきました。ケロッグの授業も春学期。これまでで「戦略」、「マーケティング」、「ファイナンス」、「オペレーション」といった主要な科目も取り終わっていました。6月からはMBAは3ヶ月の夏休みに入ります。ほとんどの学生はその間サマーインターンシップを行い、卒業後の就職に向けて大きな山場を迎える季節になっていました。年度替わり直前の、そわそわした、ワクワクした、だけれども不安も含んだ独特の雰囲気がケロッグのキャンパスに漂っていました。

信じられないほどいろいろなことが起こった2007年。2008年になって私も英語にもすこしずつ慣れ、ケロッグでの学生生活にリズムができていました。ビジネス経験はありませんでしたが、ビジネスがどう回っているのか、概ね把握できていました。違う言い方をすると、米国での学生生活も少し単調になってき始めた頃でもあります。「夏休みはインターンシップを頑張って内定をもらおう。」

ただ2年生ではなにをしよう。インターンシップを終わって2年生になってからでは計画を立てる時間がない。」そう感じ始めていました。大学もそういった2年生の考えをよく理解しています。MBA同士が協力しあって2年生を交換する制度を設けていました。私の友人だけでも、ケロッグからは、イギリス、フランス、南アフリカ、中国、タイ、アルゼンチンといった世界各国のMBAプログラムに行くことが決まっていました。ただ私はそういったアクションを一切起こしていませんでした。2年生になってなにをするのか?漠然と「発達障害とビジネスの関係について調べたい」としか思っていませんでした。私が入らせてもらっていたチュルさんの「株式市場の仕組みを、非営利団体の効果測定に活用する」プロジェクトも、夏休み後にどのような活動をするかを話し合うことになりました。5月末の土曜日、ミーティングルームが空いている朝一番に全員で議論することになっていました。

※ワード解説 「チュルさん」ケロッグ経営大学院での同級生。Kaienの共同創業者。ケロッグ時代はメンター的な存在。

チュルさんのプロジェクトは大変興味深いものでした。ただ私には奥が深すぎました。どのように2年目はプロジェクトを動かしてよいのか、見当がつきませんでした。ミーティングの前夜、夜10時ぐらいだったでしょうか。一人自室にこもって、翌日の発言をどうすべきか、いろいろと書き連ねていました。なかなかアイデアが出てきません。ふと自分の興味がもっとあることだったら、もう少しアイデアが出てくるのではないかと思いました。ちょっと気分転換のつもりで「発達障害 仕事」とネットで検索をかけてみたのです。それが運命だったと思います。Specialisterne(スペシャリスタナ)が引っかかりました。

私が検索をしたのはハーバード・ビジネス・スクールの雑誌、ハーバード・ビジネス・レビューのウェブサイトです。ケロッグのライバル校にあたりますが、ハーバードは歴史が分厚く、MBAの象徴たるケーススタディ(過去の企業の事例を当事者感覚で書いた短めの文書を、授業の前に目を通し、授業やグループワークで自分たちだったらどういう経営判断をくだすかと話し合う方式)の権化です。このため膨大なケースを作成していて、そうしたケースがたくさん検索・購入できるシステムをウェブ上に構築していました。ハーバード・ビジネス・レビューだったら、発達障害と仕事に関するビジネスモデルのヒントが見つかるかも知れない、そう思って検索したのです。直感が当たりました。

ちょうど数ヶ月前に発行されたばかりの、出来立てほやほやのケースでした。デンマークのIT企業・スペシャリスタナ。2004年に創業して、発達障害の弱みを強みに変えて、プログラミングやソフトウェアのバグチェックを行なっている。特にバグチェックは『健常者』を50%ほど上回る成果をあげることがある。このため、創業1年目から黒字である。

「すごい・・・。」数行での説明文を読むだけで十分でした。あまりにショックを受けて言葉になりませんでした。たしかケースはオンラインで購入するのに6ドルだったと思います。すぐにクレジットカードを財布から引っ張り出し、購入し、ケース全ページを印刷しました。あとはチュルさんのプロジェクトそっちのけで読みふけりました。何度も何度も目を通しました。教育や福祉の単語も出てきましたし、一部アメリカ流の英語ではないフレーズや単語もあり読みにくくはありましたが、ちょっとぐらいのことは気にかかりませんでした。「これだ」、「これをしたかったんだ」と思いました。

ケースは、ソフトウェアのバグが目に飛び込んでくるように発見できるという、あるアスペルガー症候群の人の証言で始まります。「変わらないことを好むので、異常はすぐに発見できるのだ」と。「なるほど!!」と思いました。
発達障害の人は視覚優位の人が多いといわれています。ルールや法則がある世界や状況に安心感を覚えるといわれています。実際、息子といた時も似たような体験をしました。散歩で外を歩いていると急に空をさして「飛行機」ということがあったのです。よく見ると青空に白く小さな点が一つ。視線は上にはほとんどいっていなかったはずなのですが、息子の目には瞬時に飛び込んでくるようでした。不思議な才能だなと思っていました。
そういった感覚と、今読んでいるスペシャリスタナ社で働くアスペルガー症候群の人の証言がシンクロしました。特性が弱みではなく強みとして活かされている。しかも仕事というのがソフトウェアのバグを発見するという、高度な仕事である。福祉企業ではなく、IT企業として成立しているとは・・・。説明に圧倒されながらページをめくりつづけました。

なによりも共感したのは、「資本主義という同じ土俵で戦って、『健常者』という人たちを凌駕している」ということでした。スカっとしました。障害がある人へのアプローチはいろいろとあると思います。ただ今までのアプローチではいつまでたってもチャリティー感覚、支援感覚でなにか違うなという印象を私は持っていました。それがスペシャリスタナでいきなり欲しいものにたどり着いた気がしました。

どんな分野であっても同じ土俵で負けることで、「こいつやるな」とはじめて対等になれる、相手のことを知りたいと思う。そういう感覚を人間は持っていると思います。発達障害の人の一部分でもいい。こういった感覚を『健常者』に与える人たちを組織することが、本当の意味の発達障害への理解につながるのではないだろうかと思いました。

ケースを何回も読んだ後は、実際にスペシャリスタナのウェブサイトを訪れました。当時から英語ページがあったので、ある程度のことがわかりました。写真も使われていたので、雰囲気もわかりました。その後もSpecialisterneをネットで検索しました。どうやら私が知らなかっただけで、発達障害の専門家の中では数年前から話題になっていた企業とのことでした。
ケースを執筆したハーバード大学の教授やデンマーク出身と思われるスペインのMBAの教授たちについても調べました。どんな専門なのだろうか、連絡先はどこにあるのか。5月のシカゴの朝は早く明けます。空が薄明るくなるまで調べられることはすべて調べました。

日本語でもネットでこの会社について調べました。一つも出て来ませんでした。2004年にデンマークでできた会社であり、2008年当時まだ記事が出版されたばかりで、日本人としてはおそらくこの記事を読むのははじめてに近いだろうことがわかりました。しかもそれが発達障害に関係する、つまり親御さんなどである可能性は更に少ないこと。大げさですが、コロンブスが新大陸を「発見」したような感覚でした。すぐに「日本にもこの会社のような組織が欲しい」と思いました。スペシャリスタナの支社になるのか、スペシャリスタナに似た会社を別途立ち上げるか、どちらかかな、と考えました。

ただしはじめは自分で立ち上げることは一切考えませんでした。ITの分野ですし、自分は発達障害の専門家、つまり臨床心理士でも精神保健福祉士でもないからです。しかし必ずこのスペシャリスタナに興味を持つIT系・福祉系の人がいるはずである。自分は英語もある程度わかるし、ビジネススクールのあと1年を使えるという自由がある。プロジェクトを前進させて、専門家が組織を立ち上げる際にお手伝いしようと思いました。なんとも恥ずかしいぐらいに当時は「自分で起業」という気持ちはなく、とにかくすごいものを知ってしまったので、それを調査し知り尽くし、適任者にバトンタッチしようと思っていました。

翌朝、チュルさんのプロジェクトの会議です。ほとんど寝ないまま、ケロッグの校舎に向かいました。いつもは遅れてくることの多いチュルさんでしたが、その日は一番乗りでした。私が二番。5月の眩しい太陽が大きな窓のついたミーティングルームに注いでいました。8人程度が座れる机の奥にチュルさん。その対面に私も座り、挨拶もほどほどに切り出しました。他の人がきていないので日本語です。「チュルさん、来学期からは僕は自分のプロジェクトをするかもしれない。すごいのを見つけてしまった。」なんだかチュルさんもうれしそうでした。ただしどの程度の情報が集められ、どこに向かうプロジェクトになるのかはまだわかりません。夏休みの間に情報を集め、秋に再会したときに情報を共有することにしました。まだ名前は決まっていませんでしたが、Kaienが動き始めた最初の日でした。

第3回は、起業希望ゼロだった私が起業に向けて気持ちが傾いた米国の企業文化を取り上げます。

関連ページ: 代表メッセージ

関連動画: インタビュー動画で紐解くKaien創業記(再生リスト)

  • 第1話 留学編

Kaien創業記 第1回 留学を諦める? 48時間で出した結論

Kaienは偶然の連続で出来てしまった会社です。元々私は障害福祉関係にも起業にも全く興味がありませんでした。なぜそんな私がKaienを起業するに至ったのか?このシリーズではこれから6回にわたってKaienの創業前後のストーリーをお伝えします。

なおこの創業記は10年以上前の2011年から2012年にかけて執筆したものです。出版直前まで行きましたが息子の将来を考え最終的に取りやめにしました。今回は個人情報など問題ない部分の原稿を抜粋し加筆修正したものをお読みいただきます。

私は元々NHKのアナウンサーです。MBA(経営修士号)留学のために6年勤めたNHKを退職した直後に長男の発達障害がわかりました。創業記の第1回は、2007年8月下旬。長男の診断を受け留学直前の怒涛の48時間をまとめています。

MBA留学まであと2日。当時私たち家族は実家にいました。留学の際に私だけが先遣隊として米国に行き、数ヶ月遅れて家族を呼び寄せるというのが予定でした。このため少なくとも冬まで家族と会えなくなります。私はすでに前月にNHKの職員をやめていて、それまで住んでいたマンションも引き払っていました。米国で家族が合流するまでの間、妻と子どもは実家にお世話になることにしました。息子の発達障害がわかったのは、私が仕事をやめて、米国に行くまでのわずか1ヶ月間。失業状態になっているというタイミングでわかったことです。

離れ離れになる家族と1日でも長く過ごしたいという理由で、私が米国に渡る日は授業が始まる直前の日に設定していました。つまり渡米が許される最終日にフライトの予定を組んでいたため、フライトをキャンセルしてあと数日家族で考える時間をつくる、という余裕もないスケジュールでした。わずか2日間でこれからのことを決めないといけません。

はじめに考えたのが、留学を諦めよう。仕事を日本で探そうということです。息子が発達障害ということはわかった。ただ症状がどの程度かもわからない。どのように育てていくのか、そして将来どういう大人になるのか?私が描いていた教育・子育てというのがガラガラと崩れ去っていました。米国に行っているどころじゃない。今は日本に残って、状況をまず把握しながら、と思いました。

その夜は手当たり次第に電話しました。家族や知り合い、NHK時代の同僚や先輩に電話しました。明日には解約しようと思っていた携帯電話です。これがこんなに活躍することになるとは。やるせない気持ちになりました。必死で涙をこらえ、時には息子に接してくれたことへの感謝やこれからも変わらず遊んで欲しいということを伝えたり、時には発達障害に詳しそうな人にはどのような対策があるのか、なにが予想されるのかという情報収集もしたり、人によっては留学をすべきか日本に留まって新しい職を探すべきかを聞いたりしました。

そのなかで父親の言葉が冷静にさせてくれました。「孫は将来就職できないかもしれない。その時に備えてお金を貯めておくことは必要だ。MBAに留学すれば、資金的に心配がなくなるのではないか。将来を見据えて判断し、行動すべきだ」という話でした。そのとおりです。もっともだと思いました。うちの親はすごいなぁと、彼の息子であることに感謝しました。

私が留学しようとしていたのはMBAといわれるものです。日本語では経営学修士という大学院のプログラムです。ビジネスのイロハを学ぶだけではなく、世界からビジネスエリートたちが集まってネットワークを築く場といわれています。当時でも費用は2年間で1500万円ほどもしましたが、それでも修了後は、年収1000万円が約束されていました。

私はそのMBAの中でもハーバード大学やスタンフォード大学とならんで全米トップ5といわれるノースウェスタン大学のケロッグ経営大学院への入学が決まっていました。地方のNHKアナウンサーというまったくビジネスの経験のない人間が受かるというのはとても珍しいことです。たとえ留学中はお金で困ることがあっても、このチャンスを上手に活用しなさいと言われました。そうだよな、そうしよう。私は父の一言でようやく道が少し見えた気がしました。

それでも理性と心情はそう簡単に一致してくれません。渡米までの2日間ふと気が緩むと涙がこぼれてきました。世界最高峰のMBAプログラムにこんな気持ちで過去入った人がいただろうか。でもとにかく稼ぐ人間にならないといけない。私にはビジネス経験がゼロ。しっかり2年間米国で吸収できるものを吸収しよう。その後、息子のためになるキャリアの方向性をいろいろと持てる人間になろう。当時ここまで言葉はまとまっていなかったと思いますが、涙がこぼれるたびに、そう自分に言い聞かせていました。

第2回は留学から1年。発達障害とビジネスを研究する過程で見つけたデンマークのIT企業「Specialisterne(スペシャリスタナ)」について取り上げます。

関連ページ: 代表メッセージ

関連動画: インタビュー動画で紐解くKaien創業記(再生リスト)

  • 第1話 生育編