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「森の都」で求められている福祉ベンチャーとは?岡山・西粟倉村の研修旅行に参加して

 先週末は西粟倉村(にしあわくらS)に研修旅行に行ってきました。土曜日はガクプロblank_blue(発達障害のある大学生向けのプログラム)のセッションの現場を担当しているので、ほとんど首都圏から動けないのです。が、今回は「えいや」と他のスタッフにセッションを任せ、鳥取まで飛びました。

西粟倉とは?

 西粟倉は、おそらく全国一上手に森林を使って村おこしをしている自治体。岡山と鳥取、兵庫に接している、中山間地です。人口は1500人余り。

 西粟倉 ぐるぐるレパブリック
 http://guruguru.jp/nishihour/blank_blue

 この、普通だったら過疎化が進んでいるはずの、典型的な田舎が、今注目を集めています。しかもその勢いを作っているのがローカルベンチャーの群れということで興味を持ちました。ETIC.さんblank_blue の研修で、このムーヴメントの火付け役(の一人だったのだと今回痛感した)の牧さんとご一緒できた、というのも大きかったです。

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西粟倉駅の駅舎、智頭線(ちずせん)という路線だそうです。

 

まさに”明るい農村”

 西粟倉で細かく驚くことがあったのですが、例えば・・・

  • (他の自治体と合併という道を選んだ)旧・東粟倉は、今年新生児が0人だったが、自主自立を選んだ西粟倉村は15人前後になりそう。
  • 人口が増えていて、西粟倉では今住居が足りない。(多くの過疎地域は家が余って大変だというのに・・・なんというぜいたくな悩み。)このため移住者は周辺の市町村に住まざるを得ない人もいる。
  • 観光客も増えていて、毎年、宿泊施設が増えている。それでも間に合わない。
  • 高齢化率は数年後にピークを迎えて、その後下がり続けるだろう!!

 などです。時代に良い意味で逆行している感、満点です。

 伺う前は、平成の大合併を拒否し、独立独歩で1億だった森林関係の売り上げを8億にしているのは、マーケティングの良さ、起業家集めの上手さ、ぐらいかなと思っていました。が、2泊3日滞在して感じたのは、一つ一つ理にかなっている、当たり前の考え・行動の積み重ねにすぎない、ということです。それらの当たり前が重なって有機的に動くことが、実は難しいということなのでしょうけれど。

 3つのポイントでまとめてみます。

① もともと優秀な森の民である

 とにかく西粟倉に行って思ったのは、立派な家屋が多いということです。僕の父母は伊豆出身で、我が家の墓も伊豆の田舎にあり、そこそこの頻度で今でも伊豆には行くのですが、こんな立派な家並はまず見られません。12の集落全部を見たわけではないですが、まあしっかりと建てられた、つまりお金のかかりそうな家が多く、また、廃墟というかぼろぼろの貧相な家もない。長年にわたってそこそこ財を作った村だということがわかります。

 もともとしっかりとした教育をする村で、優秀な人材を輩出し続けていたからこそ、市町村合併しなくても自活できる自信がどこかにあったのでしょう。また、一人一人の個の強さと、個を活かすための地域のネットワーク・コミュニティづくりが元来得意なのだと思います。

 正直、田舎の復興には、何らかのインセンティブをつかって外様(尖った起業家)を集めればよいのだと思う人もいるでしょうが、そして実際、西粟倉はそれを実現していますが、もともといる現地の民が優秀でないと、そもそも起業家は集まってこないと思いますし、上手に使いこなせないと思います。

 いい空気、広い土地、静かな環境は、どこの田舎でもあります。でもそこに良質な人がどの程度いるかというと・・・自信をもってYESと答えられる自治体がどの程度あるか。日本の田舎の何パーセントぐらいがこの基準を満たすのかわかりませんが、少なくとも半数は難しいなと思います。外部から人を引き寄せるにはまず自ら磨かないといけないのですね。

 今回の研修旅行の中でお会いした起業家の方々が、「最後は人ですよ」と言っていたのが印象的です。やっぱり人間は勝ち方を知っている人や集団に惹かれると思います。やはり勝ち馬に乗りたいですから。西粟倉はもともとそういう気質があるのだと思いました。

宿泊した”軒下図書館”

宿泊した”軒下図書館”。天気が良かった!!

 

② 村役場の職員がすごい

 今回は週末にも関わらず、村役場の職員が対応してくれました。しかも僕が所属したチームに付き添ってくれた職員の方は自宅の庭で応対してくださるほど非常にオープンでした。

 もっと凄いのは、スピードや知識や考え方です。

 村役場の職員は40人ほど。ちょうど経営しやすいといわれている一クラス分の、ベンチャー企業のようなものでしょうか。とにかく情報の共有スピードやレスポンスが速いようで、起業家の皆さんも、役場に電話で交渉したら、翌日「どうぞ」と返事があった。めちゃ速い、と喜んでいました。

 その根っこにあるのが職員がリスクが取れるということだと思います。はっきり職員がインタビューの中でおっしゃっていました。「役場としてリスクを取る」と。僕はNHKのアナウンサー時代、まあ数々の自治体職員を取材しましたけれども、リスクを取るという表現を繰り返して、その事例もいくつも言ってくれる人には、まったく(控えめに言ってもほとんど)お会いしたことがなかったです。

 失敗した時に後ろ指さされても「○○が必要!」と思ったら職員は声を上げられるし、それをきちんと受け止める文化に役場全体がなっているのが、他の自治体ではありえないのだなと思いました。

 知識の幅もすごく、今回は企画課の人(つまり村の経営企画みたいな部署ですね)が発達障害のこと、うちの社員並にご存知でした。

 例えば、僕が「首都圏で発達障害の就労移行や放課後等デイというのを経営しています。発達障害というのは空気が読めないとか、ミスが多いとか・・・」と言い始めたら、「あ、大体わかります」と説明を遮られるほどでした。で、その後も「岡山県の教育方針で発達障害がこう取り扱われていることがあって・・・」とか「就労継続B型は・・・」などと、関心高くないと分からないよねというレベルで会話をさせていただけました。

 たしかに森林ビジネスだけでは村は元気にならない。森林ビジネスで人が増えたら、住居ところも必要だし、人が集う場所や娯楽も必要だし、観光客向けの施設やサービスも必要だし、教育や福祉も必要なんですよね。森と同じようでまちづくりも10年、20年、30年単位。つまり世代単位で考えないといけない、というのを職員が共通認識で持っている、長期的な視野を持ったベンチャー企業の社員のような役場職員たちでした。

宿泊部屋。”いのさん”こと社会起業の研究や著書で著名な井上さんと同室でした。

宿泊した部屋。”いのさん”こと社会起業界では有名な井上さんと同室でした。

 

③ 自分たちだけでは出来ないことも知っている

 いわゆる無知の知ですね。西粟倉にはそれが確実にあります。

 ここまでそろっていると、地元の人的・物的資源だけで出来るんじゃないですか、と思ったのですが、お話の中で出てくるのが、「尖った方々が・・・」とか、「起業家の皆さんに・・・」とか、外部からの力が必要と感じている点です。なので、よそ者が溶け込むような雰囲気はあるし、一方で、妙な仕組み・制度は無く、あくまでナチュラルサポート的なのが◎です。

 中でも今、役場職員が一推し(!?)なのが、教育・福祉領域での新アイデア、ベンチャー育成です。

 実際、西粟倉では出生数が増えていて教育が目下の課題(※といっても教育水準は全国平均より上なのだそうで、さすが優秀な民だな!という感じです)だそうですし、周辺自治体も含めて、福祉の需要は当然人が増えると顕在化し、高齢者福祉だけではなく、障害福祉も必要になりそう、という状態のようです。

 「なにーー僕の出番か!!」と思ったのですが、残念ながら予想以上に僕の頭は、タダの”発達障害オタク”であり、発達障害に関するアイデアしか思い浮かばないようで、滞在した3日で西粟倉にフィットした事業プランがひねり出せませんでした。

 ということで、他力本願。

 ちょうど10月8日締め切りで、ベンチャープランを村が募集していますので、ぜひご関心のある方はご応募ください。何かご質問あったら鈴木も現地の方とつなぐなど、アドバイスできると思いますので、ぜひご連絡ください。

 西粟倉 ローカルベンチャースクール 「ひきこもる人」への「働く」を支援
 http://guruguru.jp/nishihour/lvs/theme/hikikomori.htmlblank_blue

中野さん 近影(guruguru republic より)

中野さん 近影(guruguru republic より)

 上の記事に写真入りで出ている役場の保健師・中野さんとは、夜に酒を交えながら、発達障害談議に花咲かせました。(ちなみに村からお金はもらっていません。まあせっかく研修に参加させてもらったのに何もアイデア出せませんでしたので、少しばかりの広報に役だてればという感じです。)

まとめ

 もちろん、全ての地元民が、西粟倉の変革をウェルカムしているわけではなく、今は賛成している人も昔は色々と小言を言っていたそうですし、村で起業する人たちがみんなハッピーかというとそこには厳しい現実がありますし、それによって体調や気持ちを崩す人もいることも確かなようです。

 でも総体として勝ち組オーラの漂う村であることは確か。そういえば2000年、僕がまだ大学生だったころ、中国を一人旅して「背中から風を感じる」印象がありましたが、同じような風を西粟倉でも感じました。今の日本は「もう少し頑張れば幸せになれる、お金持ちになれる」というような希望がなかなか感じられないですが、小さな村で当時の中国と同じものを感じるというのは不思議なものです。

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”軒下図書館”という宿の”図書館”部分

 

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