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異業種出身の強みを活かして~岡崎・蒲郡での挑戦 「株式会社 絆」~

 昨年より開始した「地域パートナーシップ制度」。首都圏以外の地方にお住まいの皆様にも当社のサービスがお届けできるよう、趣旨に賛同くださった企業・福祉事業所様に当社のプログラムを導入いただく制度です。前回に続き懸け橋もパートナーの団体を取り上げます。

 今回は、株式会社絆 代表取締役の塚平様をお招きし、当社取締役の須賀がお話を伺いました。異業種からの転身で就労支援の事業を立ち上げ、地域性を活かしつつ、地域福祉を変えようとする塚平様の挑戦を支える原動力を探りました。

社会的必要性+事業性+自分のキャリア=就労支援

須賀) 今回は岡崎と蒲郡で就労移行支援、就労継続B型を運営している株式会社絆の代表取締役の塚平さんのインタビューです。塚平さんは今のお仕事を始めるまでに約20年の異業種でのご経験がおありですよね?

塚平) はい。約20年で4回転職しています。鉄道、営業、土木、そして福祉です。

須賀) 多岐にわたっておられますね。福祉でそれも就労支援を始められたのはどういったご経緯ですか?

塚平) 一番長いキャリアが土木の16年です。そこで色々困難や失敗もあって、これ以上続けていくのは難しいと考えて一念発起して医療系の会社に転職しました。その会社で新規事業の立ち上げ担当になって、「この会社で自分が何ができるか、何をしたいか」を色々調べたんです。調べていくうちに、障害福祉という領域を知りました。当時は「福祉から就労」とさかんに言われている時期でもあり、社会的な必要性と事業性が十分にあると思いました。さらに自分がこれまでプライベートでやってきた多重債務者のメンタルケアでの経験や、会社での人材育成の経験も生かせる。「障害者の就労支援が自分がやりたいことだ!」と強く感じて事業化に向けて動き出しました。

須賀) プライベートの活動とおっしゃいましたが、社会問題への意識や困った人を支えるというようなメンタリティーがもともとあったということですね?

塚平) はい。多重債務者のメンタルケアは10年くらい活動していました。私には親戚にも職場にも障害のある人がいたわけではないのですが、そんな経験もあって障害福祉の仕事をすることが自然な流れのように感じられました。

須賀) ゼロからの事業化にあたって、まず何をされたのでしょう?

塚平) 岡崎や近隣市町村の福祉施設を100か所くらい回って、現場を見学しつつ、PSW(精神保健福祉士)さんやワーカー(医療ソーシャルワーカー)、ドクターにもたくさん会いに行きました。

須賀) 100か所!すごいですね。

100所の施設めぐり 感じた違和感、変えなきゃという使命感

塚平) 就労支援にも就労移行、就労継続A型、B型がありますが、まずは移行支援をと考えました。当時の岡崎には就労移行支援を単独で実施している事業所がなかったのです。「就労移行をしようと思うんですが・・・」というと、多くの施設がとても気軽に様々なことを教えてくれました。「わからないので」とどんどん聞いていましたね。

須賀) そうなんですね。先ほどドクターやPSWとも会われたとおっしゃっていましたが、専門職となると「わからない」ではさすがに通用しないのでは?

塚平) はい。まずはPSWに会うために本を読んで精神障害や発達障害についての知識を詰め込みました。話を聞く中で自分が覚えた知識を出すと、相手はさらにこちらが知らない知識を出してくれる。そうやって知識やノウハウを自分の中にためていきました。「この人、割と知っているんだな」と思ってもらえるとドクターにつないでもらえたり。

須賀) そのあたりは営業のお仕事をされていたころのテクニックかもしれませんね。たくましいです。

塚平) そうですね。そうやって知識を得つつも、違和感を持つ場面にもたくさん遭遇しました。

須賀) 例えばどんな違和感ですか?

塚平) 利用者が薄暗い作業スペースで黙々と作業していて誰も笑っていないし、職員も何となく面倒くさそうな態度に見える場面とか。とても驚いたのが、パン工場で非常に手際よく働いている利用者について、「この人がいなくなっちゃうと、うちでパンを焼く人がいないんですよ」という言葉を聞いたときです。だからこの人にいつまでもパンを焼いてもらうのか?パンを焼く人がいないのは法人に問題であって、この人の生活やリアルの幸せはどうなるの?ってメラメラと怒りがこみ上げました。

須賀) もっと働ける人を別の就労へ後押しできていないということですね。

塚平) 社会の常識が福祉の非常識、福祉の常識が社会の非常識だとまで思いました。売上や利益というと福祉では非常識みたいな感じになる。売上や利益を目的の一つと据えて付加価値のついたサービスを提供するのは当たり前だと思うのです。それを非常識と思われる状況は、私たちのような営利企業でなければ変えられない!という突き動かされるような感情が沸き上がりました。

須賀) 企業としての使命感ということですね。

「絆」を設立 発達障害と人材育成が課題に

須賀) 新規事業として就労移行支援を立ち上げた後、株式会社絆を設立して独立されていますよね?

塚平) はい。実は就労移行支援を開所したものの、利用者がなかなか集まらなくて。代表からはどうするんだ、どうするんだと毎日言われ続けて。それでも打った対策が効いてきて徐々に利用者が増えてくると、今度は利用者が多い日だけ開けろというようなことを言われ始めました。確かに利益は大事だけれど、目先の利益でサービスを崩したら元も子もないと思いました。これでは自分がやりたい就労移行支援はできない、この会社でこれ以上就労移行支援は続けられないと思うようになりました。

須賀) それで独立されたのですね?でも独立って簡単なことではないですよね?

塚平) はい。私が前の会社を退職して独立するとなったとき、利用者もスタッフもほぼ全員ついてきてくれたのです。利用者には全員家庭訪問をして事情を説明しましたし、スタッフにも自分の考えや気持ちを率直に話しました。なるべくみんなに影響が出ないように、絆の設立と前の事業所での利用に隙間をあけないようもしました。

須賀) ほぼ全員ついてくるというのはすごいことですね。塚平さんの想いや理念がみんなに伝わっていればこそですね。

塚平) そう思っていたのですが、実はそうでもなかったのです。残念ながらこの時ついてきてくれた前の法人の創業メンバーは今は誰も残っていません。

須賀) えっ、そうなんですか?ということは、絆を始めてからまた別のご苦労が始まっているわけですね。

塚平) はい。特に発達障害の方への支援と社員の人材育成に苦慮していました。そんな時、ふとKaienを思い出しました。以前講演を聞いたことがあって、発達障害に特化して首都圏で着実に事業所を増やしていたので気にはしていたんです。地域パートナーシップ制度を始めたと知り、まずは事業所の見学に行ったわけです。

須賀) なるほど、そんなご縁なのですね。

塚平) はい。私たちの事業所には、精神障害ということで来所する人たちが多いのですが、その中に少なからず発達障害の人がいて、その多くが発達障害に気づかずに二次障害が出てから来るわけです。私たちが発達障害だとアセスメントしても、まだ地方では診断が気分障害や適応障害ということになるのです。

須賀) どこのクリニックに行けば発達障害の診断を適切にしてもらえるのかというのは首都圏でもよく言われることですが、地方にいけばなおさらそうですよね。

塚平) はい。そういう人に精神障害の人向けのプログラムや就職先のマッチングをしてもうまくいかない。だから私たちがもっともっと発達障害の知識やノウハウやプログラムを増やしていかなければならないと思っています。パートナーシップ導入の際にKaienにはスタッフ向けに発達障害についての研修もしてもらいました。

須賀) パートナーシップでは、プログラムのみならず、当社が蓄積してきたノウハウも共有しています。研修という場面でも是非使っていただきたいです。絆さんの場合、利用者の方も実際にKaienのプログラムをご利用されてもいると伺っています。

塚平) はい。発達障がいクラスを岡崎と蒲郡両方に入れています。Kaienのプログラムを使っていることも周知しています。担当のスタッフがプログラムを一つ一つ確認して、私たちの事業所の利用者さんが使いやすいものからスタートしています。ウェブで情報をキャッチすることが上手な当事者の人や大学のキャリアセンターの人などが「Kaienのプログラムが愛知でも受けられるんだ」とすごく興味をもってくれています。

須賀) それはとても嬉しいです。ところで、もう一つの課題である社員の人材育成の件を聞かせてください。先ほど想いや理念が伝わっていなかったというお話しがありましたが。

塚平) はい。苦楽をともにしてきた創業メンバーが、絆の利用者が増えて事業が広がるたびに少しずつ辞めていきました。仲間だからいちいち言わなくても大丈夫、ある程度自由にやってもらっても大丈夫と思っているうちに、持っていたはずの共有の軸がずれてしまった。そのずれを新しく入ってきたスタッフに指摘されました。なぜあんなこと許すのか、今言わなくていつ言うのか、など。私を引き戻してくれました。だからそうやって率直に伝えてくれた今のスタッフたちにはとても感謝しています。あのままずれを許していたら、今ごろ事業所がなくなってしまっているかもしれないというくらいです。

須賀) 確かに創業のメンバーがいなくなってしまったことは残念ですが、新しい本当の仲間ができたということですね。

塚平) はい。でも新しいスタッフばかりになるとやはり人材育成が大きな課題になります。会社のビジョンや行動指針、私の想いを共有すること。そして支援に必要なスキルを、即現場配属にして現場任せにしてせずにしっかり習得できる研修をすること。あと、社員からの提案も歓迎するようにしています。伝える場を持つこと、意見を吸い上げる場を持つことも直接的ではないですが、Kaienから学んだことだと思います。ようやくこの4月くらいから、全員の想いが一緒になって動いているという実感を持てるようになりました。

須賀) 会社の風土・文化づくりみたいなところは私も担当していますが、一朝一夕にはいかず、何が効いているのかの手ごたえがわかりやすいわけでもなく、試行錯誤ですよね。

就労移行が利用できない人にもジョブコーチ付き支援を

塚平) でも、最大の課題はやはり利用者が集まらないことです。地方の就労移行支援はほとんど定員割れだと思いますが、愛知ならではの背景もあると思っています。

須賀) 愛知ならではというのはどんなことですか?

塚平) 自動車関連の会社の孫請け、曾孫請けが多くて人手不足が深刻ということです。募集をかけても応募がない。だから結局は目先の経済的事情でどうしてもすぐに働きたい人が、ハローワークで紹介されて入社するんです。入社はするもののうまくいかず、しかもそれを繰り返す。ハローワークも紹介件数で評価されるので、紹介⇒入社⇒退社が繰り返されていることに対して無策です。

須賀) そんな愛知の地域特性を活かしてなさっていることはありますか?

塚平) 転職者、離職して間もない方へ自社での企業面接会をしようとしています。企業の誘致も始めています。人手不足の企業に、ミスジョブマッチを防ぐために、訓練に至らない方をジョブコーチ付きで紹介するという方法。ジョブコーチは助成金も出るので企業としても受け入れやすい。それでもうまく行かない人は、支援が必要だから就労移行支援へつなげていく。

須賀) 企業側に雇用率という目的を超えた動機があるということですね。この点は、地域の就労支援を変える起爆剤になるかもしれませんね。

塚平) はい。今まではなかったものです。そういうものをどんどん作っていきたいです。

須賀) とっても前向きですね。どうしても塚平さんのエネルギー源が気になります。どんなことでしょう?

塚平) どんな障害があっても就職できるという事実を目の当たりにしてきたことだと思います。本人と私たちが具体的に動けばかなう。それが本当に嬉しいし、楽しいのです。あとは、やりたいことがまだまだたくさんあるからだと思います。働く場所が提供できたら、次は住まいとか、資産管理とか。

須賀) 現場から元気をもらって、現場から必要なことをさぐって具体的に動くということですね。塚平さんの元気が私にもおすそ分けいただけたようです。今日は本当にありがとうございました。

塚平) ありがとうございました。

塚平一民

1966年10月3日 長野県飯田市生まれ。愛知県豊橋市育ち。50歳
妻と子供3人の5人家族&愛犬2匹
株式会社 絆 代表取締役
NPO法人共生社会推進協議会 理事長

 

2011年12月から障害福祉サービス事業を開始し。愛知県岡崎市で多機能型事業所「就労支援きずな」と2014年5月から愛知県蒲郡市で「就労支援きずな蒲郡館」を運営。企業理念「障がいがあっても自立し 地域・社会で共生できる 世界づくりへの貢献」。2013年12月から生活困窮者、矯正施設出所者、触法障がい者支援のNPOを運営。

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