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僕らが預かる3%の時間で精いっぱい伝えたい~懸け橋 第2回~ TEENS横浜 エイブルシーカー/リーダー 大宜見一貴

 「人や社会の役に立てていると日々感じられる仕事をしたい」「自分の人生も支援する人の人生も、意義あるものにしたい」様々な想いをもって障害福祉の世界にたどり着いた私たち。発達障害の人と社会とをつなぐ”懸け橋”を作る中で、社員一人一人が大切にしている想いがどう叶えられているのか。インタビューシリーズ『懸け橋』では、現場で働く私たちの想いの原点をお届けします。

 2回目となる今回は、児童放課後等デイサービス TEENSのエイブルシーカー/リーダー 大宜見一貴さんにお話を伺いました。

bridge002_01 お子さんたちがTEENSに来ている時間って、起きている時間の3%くらい。TEENSでいくら成功体験を積んでも、残りの97%の時間では失敗することもあるでしょう。だから、そのたった3%の時間で「失敗したとき、こうすればいいんだ!」と自分で気づいてもらえるようにしたいんです。

勉強さえできれば良いとうぬぼれていた学生時代

 子どものころから勉強は得意でした。高校も進学校だったので、将来は教授になって生きていけると簡単に思ってました。でも、高校は1年生で中退。定時制高校に通って有名大学には進学できたんですが、就活は失敗。紹介されて国会議員の秘書をやったこともありましたが、「努力が足りない」「気合が足りない」と言われ続けて、結局やめました。将来のこととか、一生懸命相談に乗ってくれていた友人に対しても恩を仇で返す様なこともしてしまいました。それをきっかけに自分は医学的・心理的に何かあると思って、いろいろ調べていくうちに発達障害の特性とあうところがあり、Kaienにつながりました。

初めて人に必要とされて手に入れたチャンス

 Kaienと関わっていくうちに、それまでの人生、失敗や挫折も多くうまくいかない経験をたくさんしたので、同じように生きづらさを感じている人のサポートができるといいなぁとぼんやりと思い始めていました。そんな時、スタッフからTEENSのインターンをしてみないかと声をかけてもらったのです。本当に自分にできるかという不安は当然ありました。もしうまく行かなかった場合、どこにも行き場がなくなってしまうとも思っていました。でも、こんな自分でも必要としてくれて、声をかけてくれたので、このチャンスをしっかりとものにしたかった。だから、這いつくばってでも3年は頑張ろうと思いました。

 働き始めて大変だったのは、TEENSの新拠点立ち上げに携わった時。鈴木さん(社長)に怒られることもあったし、苦手としていた「気合」「根性」が必要な時でもありました。でも、Kaienでは常に「Why→How→What」で物事を考えて仕事をするように教えらえるので、それを実行していくと自分が成長するための振り返り方がわかるようになりました。仕事には気合を使ってエイ!と頑張るところと、論理的に考えることが必要ということを学んだので、少しずつ仕事にも自信を持てるようになりました。

僕らが預かる3%の時間で、精いっぱい伝えたい

 TEENSでは自分が歩んできた道を振り返って伝えられることがあると思っています。人生山あり谷あり。失敗しないなんてことはないので、お子さんたちにも失敗しない方法を教えることはできません。実際、僕らがTEENSで関われるのは、お子さんが起きている時間の3%くらい。残りの97%の時間では失敗してしまうことがたくさんあるでしょう。

 失敗が多い道を歩んできた僕だから、躓きのポイントがわかったり、失敗させて「そこがポイント!」と伝えられることがあると思うんです。そうやって、お子さんが「失敗したけどできた」「こうすればいいんだ」と気づいた瞬間は、「よし!」って力が入ってしまいます。つい先日も大学受験で失敗しかかっていたお子さんが「僕は今まで甘かった。もっと真剣にならないといけない!」と僕に言ってくれて、つい力が入ってしまいました。

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今は次の成長の時期

 TEENSで働き始めてから3年、使命感とか義務感で働いてきたと思います。仕事だから「せねばならぬ」「必要である」と思っていたフシがあり、仕事を楽しむという感覚が薄れていたような気がします。さらに、「手を抜く」ことが苦手なので疲れることも多かった気がします。今年はKaienで働いて4年目の節目の年。最初に決めた「3年」という一つの経験は超えたので、そろそろ次の成長の時なのかなと思います。もう少し仕事を楽しんだり、いい意味で肩の力を抜いて働く方法などを考えたりしたいと思っています。

 

大宜見一貴 TEENS横浜 エイブルシーカー/リーダー

  • 高校時代 進学校に在籍も赤点ばかり。1年生で高校を中退。
  • 大学時代 有名大学に進学。議員秘書時には「努力・気合が足りない」と評価されるなど定職になかなか就けなかった。親身に相談に乗ってくれていた友人を裏切ってしまったことがきっかけで、自身の生き辛さが発達障害の特性と重なることに気づく。
  • 卒業後 Kaienで職業訓練。スタッフに声をかけられKaienに就職。
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